どこまで?それは必要ない?

先日ご紹介した「昭和元禄落語心中」の2話だったっけ?を観ていた時のこと。

前座の菊比古と初太郎は控室の師匠方にお茶を淹れて廻ります。

ただしそこは厳しい芸事の世界。師匠ごとにそれぞれお茶の好み、出すタイミングなどがあります。
それらを師匠に直接尋ねるのは御法度。兄弟子などに尋ねて師匠達の負担を減らすことが前座の仕事。と教わります。

これを観ていて「厳しい世界だなぁ」と思うわけですが、逆に「これほど気が効く人間はさぞかし仕事も出来るんだろうなぁ」とも思うわけです。

僕は会社勤めというのをした事が無いのでイメージだけで喋るわけですが、オフィスにてOLさんが上司にお茶を淹れるわけじゃないですか。アレってもう今の世の中には無いんですかね?ドラマなんかでは見かけますけど「お茶を淹れるために会社に来てんじゃない!」みたいなのもやはりドラマなどで見かけるわけで。

上司にお茶を淹れるのが当たり前だ。とは思いませんが、美味しいお茶をいいタイミングで出せる人はきっと重宝されるし人間的にも豊かかなと。

また、上司には出さないにしても来客があった時にはやはりお茶を出さなければなりません。その時にお茶の出し方もわからない。では少し恥ずかしいと思うのですよ。そういうことを学ぶ機会があれば良いのですが、人によっては無いという事もあるかもしれない。

そういうことを思うと少々の理不尽?なことも必ず役に立つのではないかなぁと。


そんなことをふと思いました。それだけ。